<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 小倉昌男著『経営学』 | main | 武田泰淳『秋風秋雨人を愁殺す』『十三妹』&『秋瑾 火焔の女』 >>

武田泰淳『目まいのする散歩』『富士』『快楽』、武田百合子『日日雑記』

0

    武田泰淳著『目まいのする散歩』(中央公論社 昭和51年)

         『富士』(中央公論社 昭和46年)

         『快楽(けらく)1巻・2巻』(新潮社 昭和47年)

    武田百合子著『日日雑感』(中公文庫)

     

     武田百合子の単行本未収録エッセイ集『あの頃』が出版され話題となっています。武田百合子は作家武田泰淳の妻で、優れた随筆や紀行文を残しています。武田泰淳の晩年の作品は妻武田百合子の口述筆記によるものだということです。『あの頃』はまだ読んでいませんが、先ずは本棚にある二人の作品をざっとですが読み直してみました。

    『日日雑感』は、すべてのエッセイが「ある日。」から始まる日記のようですが、そのエッセイの内容によっては「ある日がいつ頃」のことか分かって今でも面白く読めました。

     武田泰淳の『目まいのする散歩』は、散歩を取り上げながら作者の過去から現在に至る身辺での出来事を淡々と記して、妻百合子との交流も興味ぶかく読む事ができます。この本は、妻百合子の口述筆記によるものですからきっと妻の悪口を言うことははばかられたのではないでしょうか。以下「貯金のある散歩」からの引用です。

     

     半恍惚の今、私には貯金がある。私の散歩は「貯金のある散歩」である。ある意味では、貯金帳にしがみ付いた散歩である。貯金帳を頼りにする散歩というものは、働き盛りの散歩とは、まるで異なっている。非常にケチ臭いものになりがちである。一円引き出せば一円減る。だんだん減ってゆけばなくなってしまう。

     

     進駐軍放出物資というものが、かってあった。女房は金魚のヒレのぴらぴらついたようなアメリカ中古服を喜んで買った。アメリカ人の服はサイズが大きくてなかなか適当なものがない。女房の買ったのは、おそらく子供服であろう。赤いだんだらの金魚のようになった女房と、毛皮のチョッキを身に着けた和服の私が揃って歩いていると、通りかかった学生たちが「わあ、ちんどん屋が通るぞ」と、ひやかした。その一方で、女房のただごとならぬ通行を、毎日見守っている五,六歳の幼女がいた。その幼女がある日、父親に向かって「ああいうきれいなおべべを着ている人は、お金持ちなのね」と、感に堪えたように言った。

     

     貯金のことは、すべて女房に任せてある。定期にするか、普通預金にするかも私と相談して彼女が決める。いわば大蔵大臣は彼女である。電話口の対応も彼女に限られているから、女房が外務大臣である。税務署関係の書類を取りまとめて計算するのも女房である。郵便物を要と不要に選り分けるのも彼女である。したがって郵政大臣も彼女ということになる。経済企画庁長官の役も彼女に取られた。私の健康状態は、すべて彼女が診断するから、厚生大臣も彼女に取られた。運転も彼女だから交通大臣(というものがあるかないか知らないが)もとられた。文部大臣だけは私のものだと安心していられない。するするすると口述筆記をするのも女房だから、すでに危なくなってきた。せめて総理だけは、と願っているが、それらの諸大臣に彼女を任命する権力の手綱を、はたして私が握っているかどうか。野党側に回れば、春闘をしようが、ゼネストをしようが、彼女の自由である。ヒステリーを起こして過激派の攻撃精神をあらわにしようとすれば、それも彼女の自由である。(今のところ、総理が妥協的で野党もほどを心得ているから、当分はこのままでいけると総理はひそかに政局を見通しているが)「百合子の得意の巻だな」という総理の述懐も、そっくり、するすると口述筆記され、この散歩シリーズの原稿になっているわけである。

     「歩かない散歩」「待っているだけの散歩」「思いつめないようにしている散歩」「嘔吐しながらの散歩」「犬を連れた散歩」「ネコを残してきた散歩」と題材は限りない。「屍臭のする散歩」「上海での散歩」「マラリアのある散歩」「エロマンガとポルノ映画のある散歩」「一日一食の散歩」「情報全くなしの散歩」「苔とカビのはえた散歩」など、死ぬまでネタには事欠かない。

     

    ■この『目まいのする散歩』に収録されている散歩は、「目まいのする散歩」「笑い男の散歩」「貯金のある散歩」「あぶない散歩」「いりみだれた散歩」「鬼姫の散歩」「船の散歩」「安全な散歩?」の8編です。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:50 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

    コメント

    コメントする









    トラックバック

    このページの先頭へ