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季刊誌『MONKEY』、村上春樹のアンデルセン文学賞受賞スピーチ

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    柴田元幸責任編集『MONKEY』(スイッチ・パブリッシング 2017年2月)

    ハンス・クリスチャン・アンデルセン著『影』(評論社 2004年)

     訳 者:長島要一  画:ジョン・シェリー

     

     村上春樹が2016年10月に「ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞」受賞して、デンマークでの授賞式で記念スピーチを行いました。「ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞」はデンマークの文学賞で隔年で授与され、対象となるのは「アンデルセンと共通する要素を持つ、物語性の強い小説を書く作家」ということになっており、現在までに村上春樹を含めて5人受賞しています。一方で、有名な「国際アンデルセン賞」は「児童文学への永続的な寄与」に対する表彰として送られ、日本人でも上橋菜穂子等数名が受賞しています。

     

     村上春樹が2009年にイスラエルの最高文学賞「エルサレム賞」を受賞したときには、厳しい中東情勢の中で、受賞するのか断るのか、受賞式には出席するのかしないのか、受賞スピーチはどのような内容になるのか、そしてその授賞式での「壁と卵」のスピーチの内容がマスコミでも大変話題になりました。以下は、そのスピーチからの引用です。

     

     「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵がるとしたら、私は常に卵の側に立つ」ということです。そうなんです。その壁がいくら正しくても、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたとしたら、その作品にいかなる価値見出せるのでしょうか?

     この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりにも単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット砲、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩に一つの解釈です。

     しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやす殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。私もそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は、「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

     

    ■ 「ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞」の受賞式での記念スピーチは「影の持つ意味」と題して、アンデルセンの書いた最もダークな物語『影』という作品を取り上げ、村上春樹の書く小説との共通性について語っています。この受賞スピーチが2月に発売された季刊誌『MONKE vol11 特集:ともだちがいない!』で全文が紹介されています。以下は、そのスピーチからの引用です。

     

     影との対面は一人ひとりの個人に要求されているだけではありません。社会や国家にとっても、その作業は欠かせないものになります。すべての人に影があるのと同じように、どのような社会にも国家にも必ず影があるからです。そこに明るく輝く部分があれば、その補償として、暗い部分も必ずどこかに存在します。正の部分があれば、その裏には必ず負の部分があります。

     我々は時としてそのような影の部分、負の部分から目を背むけがちです。或いはそのような部分を力で排除してしまおうと試みます。人は自らの暗い部分を、負の資質を、できるだけ目にしたくないと望むものであるからです。しかし塑像が立体として見えるためには、影がなくてはなりません。影なくしては、それはただ平板な幻影となってしまいます。影を生まない光は、本物の光ではありません。

     どれほど高い壁を築いて侵入者を防ごうとしても、どれほど厳しく異分子を社会からは排斥しようとしても、どれほど自分に都合よく歴史を作りかえようとしても、そのような行為は結果的に我々自身を損ない、傷つけるだけのことです。

    あなたは影と共生していくことを、辛抱強く学ばねばなりません。自分自身の内部に存在する闇をしっかり見つめなければなりません。もしそれができなければ、やがて影は大きく強い存在となって戻ってきて、ある夜、あなたの住まいのドアをノックすることでしょう。「さあ、もどってきましたよ」と。

     優れた物語には、我々が学ぶべき多くのことが含まれています。時代や文化を超えて。

     

    ■季刊誌『MONKEY』には、アンデルセン作『影』が菅原克也の訳・平松麻の絵で全文収録されています。

     

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:29 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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