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アトキンソン『21世紀の不平等』、ピケティ『21世紀の資本』

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    アンソニー・B・アトキンソン著『21世紀の不平等』(東洋経済新報 2015年)

     訳 者:山形浩生、森本正史

    トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房 2014年)

     訳 者:山形浩生、守岡桜、森本正史

     

     新聞の報道で、国際非政府組織(NGO)オックスファムは1月16日、世界で最も裕福な8人と、世界人口のうち経済的に恵まれていない半分に当たる36億7500万人の資産額がほぼ同じだとする報告書を発表しました。貧富の格差は社会の分断を招き、貧困撲滅の取り組みを後退させると警告し、各国政府や大企業に「人道的な経済」の確立を求めています。

     報告書では、8人の資産が計4260億ドル(約48兆7千億円)で、世界人口73億5千万人の半分の合計額に相当すると指摘。1988年から2011年にかけ、下位10%の収入は年平均3ドルも増えていないのに、上位1%の収入の増加は182倍としている。

     格差是正を、と言われながらもその実態は、富める者はますます資産を拡大し、貧しきものはますますより貧困層へと追いやられる、世界の貧富の格差は拡大しています。『21世紀の資本』も『21世紀の不平等』も経済的な格差・不平等を取り上げて、どちらも経済学の専門書としてはまれなベストセラーとなったようです。どちらの本に対しても賛否両論あるようですが、政官財学のリーダーが真剣になって取り組めば格差是正は可能であると思います。要は彼らには政策を立案し実行する気がないだけのことでしょう。

    以下は『21世紀の不平等』からの引用です。「格差は遺伝する」と言われますが、今日では本人の責任ではない家庭環境の経済的な格差で出発点である機会の均等さえも奪われています。

     

     経済的結果の決定要因は家族関係など個人の力ではどうにもならない「環境」に起因するものと、個人が責任を終える「努力」とに分かれる。機会均等は最初の変数(環境)が結果に何の影響も与えないときに達成される。もしも学校で勉学に励み、試験に合格して医大に入ったなら、医者としての高給は少なくとも一部は(必ずしも全部ではないが)努力の結果と見做せる。他方で、彼らの医大在籍が、親の影響(たとえば、卒業生の子息に与えられる入学優先権)で確保されたならば、そこには機会不平等が存在する。

     機会均等の概念は魅力的なものだが、では結果の不平等はどうでもいいことだろうか?この問いに関する答えは「否」だ。結果の不平等はやはり重要で、それは「均等な競争の場」への配慮から入ったとしてもそうだ。その理由を知るには、まず二つの概念の違いを理解しよう。機会の不平等は、基本的には事前的な概念「すべての人が平等な開始点を持つ」であるのに対して、多くの再配分活動は事後的な結果に関心を寄せている。結果の不平等は関係ないと考える人々は、事後の結果に対する懸念は不適切であり、人生の競争において均等な機会さえあれば、結果に介入すべきではないと信じている。

     

     結果の不平等への関心を持つ理由は、それが次の世代の機会均等に直接影響するからだ。今日の事後的結果は明日の事前環境を作る。今日の結果不平等の受益者は、不公平な優位性を明日の子どもたちに伝える。機会不平等、そして限られた社会流動性への懸念は、所得と富の分布が不平等になってきたことで増大してきた。これは家庭環境が結果に及ぼす影響が県境と結果の関係性の強度と家庭環境における不平等の程度の左右されるからだ。今日の世代における結果の不平等は、次の世代が受ける不公平な優位性のもとになる。もしも明日の機会均等を心配するなら、今日の結果の不平等を心配しなければならない。

     

     本書では「もし不平等の水準を引き下げたいなら、どのようにこれを実現できるだろうか?」という質問に答えようとして書いた。不平等に取り組むべき理由は多い。経済的か結果の不平等を減らせば、これは現代民主社会の重要な特徴とされる機会の平等の確保にも役立つ。犯罪や不健康と言った社会的な悪は、今日の社会が持つきわめて不平等な性格のせいだとされる。これは貧困や不平等をもっと低くするよう努める実務的な理由を提供してくれる。また、極端な不平等は民主主義の仕組みと相容れないという懼れんもその理由となる。そして現在のような不平等の水準が、よい社会の考え方と内在的に反するものだと信じている人々もいて、私もその一人だ。不平等を懸念する理由は何であれ、問題は残る。不平等の大幅な削減はどうすれば実現できるだろう。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:57 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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