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『アメリカの鏡・日本』&『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』

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    『アメリカの鏡・日本』(メディア・ファクトリー 1995年7月)

     原題:Mirror for Americans:JAPAN(1948年) 

     著者:ヘレン・ミアーズ(1900〜1989) 訳者:伊藤延司

    『The coming war with Japan  第二次太平洋戦争は不可避だ』(徳間書店 1991年)

     著者:ジョージ・フリードマン、メレディス・ルバード 訳者:古賀林幸

     

     1941年12月8日、日本海軍によるアメリカ海軍基地真珠湾への攻撃がありました。

    安倍総理は日本の総理として初めて真珠湾を訪問することになりましたが、謝罪のためではなく戦没者の慰霊のためということです。オバマ大統領もアメリカ大統領として初めての広島訪問は、謝罪ではなく原爆犠牲者の慰霊のためということでした。

     『アメリカの鏡・日本』の著者ヘレン・ミアーズは戦前に2度日本を訪れている東洋学の研究者で、1946年に連合国最高司令官祖司令部の「労働政策11人委員会」のメンバーとして来日、戦後日本の労働基本法の策定にたずさわっていました。

     1948年という戦後間もなくにこの『アメリカの鏡・日本』を著わしています。アメリカで出版されたときには、当然のことながら日本擁護者として批判され、それ故に彼女は、この本とともに、学者として世に出ることはできなかったとのことです。また日本での出版もマッカーサーにより翻訳出版が禁じられていました。それにしても戦後間もなくに、このような本がアメリカ人の手で書かれていたことは驚きです。

    以下『アメリカの鏡・日本』から真珠湾攻撃(パール・ハーバー)に関する記述を引用します。

     

     パール・ハーバー報告(上下両院合同調査報告) 1946年7月

    多数意見

    1.パール・ハーバーに対する1941年12月7日の攻撃は、日本帝国による一方的侵略行為であった。この許すべからざる攻撃は、日本大使が日本特有の二枚舌の訓令に基づき、太平洋問題の友好的解決をはかるがごとく合衆国政府との交渉を装う一方で、計画され実行されたものである。

     ■多数意見では、日本の宣戦布告前の卑怯な奇襲攻撃であることが書かれています。

    少数意見

    2.1941年11月7日まで、ルーズベルト大統領と彼の政府は、戦争の緊張は「われわれが日本の向こうで(極東で)叩けば、国民の支持が得られる。」と確信できるところまで高まっているとの見方で一致していた。そこで彼らは「いかなる戦術をとるか」を検討した。日本が合衆国の外交方針に従わない場合の選択肢として、大統領と政府には次の三つの戦術があった。日本が攻撃を仕掛けてくるまで待つ。議会の宣戦布告抜きで日本を攻撃する。平和化戦争かを議会に諮る。(議事録70巻14415ページ以下)

    3.11月25日、戦争の危険が差し迫ったことから、大統領は、ハル長官、ノックス長官、スチムソン長官、マーシャル陸軍大将、スターク海軍大将との会談で、「恐らく、早ければ、12月1日には攻撃を受ける可能性がある」ことを議題とした。同会議のメンバーは「われわれがそれ程の危険を冒すことなく、、日本に第一撃をかけさせるには、どうすべきか」協議した。(議事録70巻14418ページ以下)

    4.大統領、国務長官、陸軍長官、海軍長官は、議会に平和か戦争かを諮るとする提案には同意せず、11月25日から12月7日までの間に、日本の「第一撃」を待つ戦術を選択したてい。

    13.11月中にワシントン高官から、シュート陸軍大将とキンメル海軍大将に送られた通達は、相矛盾する不明確な言葉で書かれていたため、彼らは対日外交関係の現状と日本の戦争計画に関して各指揮官に明確な情報を伝達し、適切な行動がとれるよう確実な命令(何の疑問もなく全面警戒態勢に入れるような命令)を出すことができなかった。この点に関して、前出の高官は自分たちの職務を全うしなかった。

     ■少数意見では、アメリカ政府は真珠湾攻撃を事前に知っていたというよりも、日本をその方向に誘い込んでおきながら、真珠湾の基地には日本軍の攻撃のあることを知らせていなかったということになります。

     

     アメリカ側の様々な公式声明から考えるならば、「卑劣な攻撃」「屈辱の日」は違う言葉で考え直す必要があるようだ。これは「世界征服」を企む野蛮人による「一方的」で裏切りの攻撃だったのか。あるいは、圧倒的に強い国との力のゲームに引きずり込まれたと思っている国が、経済封鎖に対して挑んだ攻撃だったのか。この違いは極めて大きい。

     どうやらパールハーバーは戦争の原因ではなく、アメリカと日本がすでに始めていた戦争の一行動に過ぎないようだ。したがって「なぜ日本がわれわれを攻撃したか」を考えるなら、「なぜわれわれは、すでに日本との戦争を始めていたか」について考えなければならない。そうでなければ、パールハーバーという難問を解くことはできないのだ。

     この危機の時代の対外関係については、公式説明と事実との間に大きな食い違いがある。政策担当者が、よその国のみならず自国民をもミスリードするなら、平和は達成されるはずがない。

    第三次世界大戦を防ぐには、まず、第二次世界大戦の事実を整理する必要がある。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 21:09 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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