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西成活裕『無駄学』&畑村洋太郎『失敗の法則』その2

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    西成活裕著『無駄学』(新潮社)

    畑村洋太郎著『失敗学の法則』

     

     「失敗学」と「無駄学」、似て非なるものではありますが、「失敗した」とは「無駄をしたこと」、「無駄をした」とは「失敗したこと」に通じるものがあります。両者で語られている最大の失敗・無駄は、犯した失敗・無駄から何も学ばずに同じ過ちを繰り返すことだということです。失敗・無駄から学ぶことができるなら犯した失敗も無駄もけっして失敗でも無駄でもでなかったということになります。両著書には多くの失敗・無駄の事例が具体的に分かりやすく書かれていますが、今まさに起こっていることを見ても、結局、人は何も学んでいないということでしょうか。

    以下『無駄学』からの引用です。

     

     環境問題など人類の行く末を左右する問題を総合的に考えられる知力をもった人を育てるためにも、専門を深く細かく掘り下げるだけの大学教育を根本から見直さなくてはならない。だがこれは何もジェネラリストになれ、と言っているのではない。むしろ一つの分野をとことんまで突き詰めた専門性がなくては直観力は生まれない。深さと同時に他分野への横の広がりをもつ、アルファベットの「T」の文字のような人材が必要で、スペシャリストは文字で言えば「I」、そしてよこだけの「ー」はいわゆるクイズ王だ。この合体型の人材が最も必要で、Tジェネラリスト、あるいはTスペシャリストと言ってもよいが、こうゆう人間が世界を俯瞰でき、長期的な視野を持って直観を駆使しながら課題を解決していくだろう。

     

     これからの時代の複合的な課題を解くには、全体を見渡せる「システム思考」ができるかどうかにかかっている。あることを変えるとは、その影響がどのようなところに現れるのか、という問題は、複雑なつながりと因果関係を想像できる思考の持ち主でなくては分からない。

     またシステム思考を考える上で参考になるのが、「部分を集めても全体にはならない」という考えだ。要素(部分)の集め方でまったく全体像が異なって来るし、全体も分割の仕方でその理解がまったく異なってくる。無駄をなくすためには、この部分と全体のバランスがカギになってくる。全体の見えにくいときには部分を分ける必要があり、しかしそれだけでは全体としての無駄が取れるとも限らない。とにかく社会の問題は1足す1が2にはならず、それが1にも3にもなることにあるのだ。

     

     企業や組織において、「2対6対2の法則」と言われるものがある。これは、全体のうち2割の人はよく働き、6割は普通に働き、そして残りの2割はあまり働かない、ということを表わしたものだ。そしてこのトップの2割の人が企業の利益の8割を稼ぎ、残りの8割の人は利益の2割しか貢献していない、という意味で、「8対2の法則」とも言われる。

    しかしこの働たらかない集団が将来の生存のために大きな役割を果たす可能性があるのがアリの社会なのだ。働かない人を抱え込むのは短期的には無駄と考えられるが、長期的で見れば何か別の角度から大きな貢献をしているのかもしれない。

     

     この2冊の他に、野中郁次郎ほか5人の著者による『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫)、『戦略の本質 歴史に学ぶ逆転のリーダーシィップ』(日経ビジネス文庫)も面白く読めました。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:23 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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