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岡潔『日本のこころ』&岡潔・小林秀雄『人間の建設』

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    岡潔著『日本のこころ』(講談社 昭和43年)

    岡潔・小林秀雄『対話 人間の建設』(新潮社 昭和40年)

     

     今年度の小林秀雄賞を受賞した森田真生著『数学する身体』を読み、あらためて世界的な数学者であった岡潔の本を読んでみました。『日本のこころ』にはその後文庫となった「春宵十話」等にも再録されているエッセイも多数収録されています。また小林秀雄との『対話 人間の建設』は出版当時ベストセラーになったと記憶しています。

    以下は『人間の建設』から岡潔の言葉の引用です。

     

     数学は知性の世界だけに存在しうると考えてきたのですが、そうではないということが、ごく近ごろわかったのですけれども、そういう意味にみんながとっているかどうか。数学は知性の世界だけに存在し得ないということが、四千年以上も数学をしてきて、人ははじめてわかったのです。数学は知性の世界だけに存在しうるものではない。何を入れねば成り立たないかというと、感情を入れなければ成り立たぬ。ところが感情を入れたら、学問の独立はありませんから、少なくとも数学だけは成立し得たらと思いますが、それも言えないのです。

     最近、感情的にはどうしても矛盾するとしか思えない二つの命題をともに仮定しても、それが矛盾しないという証明ができたのです。だからそういう実例をもったわけなんですね。それはどういうことかというと、数学の体系に矛盾がないというためには、まず知的に矛盾がないということを証明し、しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという感情的な同意を表示しなければ、数学だとは言えないということが初めて分かったのです。

    じっさい考えてみれば、矛盾がないというのは感情の満足ですね。人には知情意という感覚がありますけれども、感覚はしばらく省いておいて、心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。だから、その意味で、知とか意とかがどう主張したって、その主張に折れたって、情が同調しなかったら、人は本当にそうだとは思えませんね。そういう意味で私は情が中心だと言ったのです。

     そのことは、数学のような知性の最も最短なものについてだっていえることで、矛盾がないというのは、矛盾がないと感ずることですね。感情なのです。そしてその感情に満足を与えるためには、知性がどんなにこの二つの仮定には矛盾がないのだと説いて聞かせたって無力なんです。矛盾がないのかもしれないけれど、そんな数学は、自分はやる気にはなれないとしか思わない。そういうことは、初めから分かっているはずのことなんですが、その実例が出てはじめてわかった。矛盾がないということを説得するためには、感情が納得してくれないとだめなんで、知性が説得しても無力なんです。

     ともかく知性や意志は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしい。

     

    ■岡潔著『日本のこころ』から

      著者自身、小さなころから祖父に「常に、他を先にして、己を後にする」と教えられてきたそうです。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:50 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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