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訃報 真継伸彦著『鮫』『無明』『樹下の仏陀』

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    真継伸彦著『鮫』(河出文庫 昭和55年7月25日)

         『無明』(河出文庫 昭和57年1月25日)

         『樹下の仏陀』(筑摩書房 1982年4月30日)

     

     作家の真継伸彦氏が8月22日、87歳で急性肺炎により死去との記事を目にしました。真継伸彦氏の死は新聞の死亡欄の小さな記事にしかならないのかと時代を感じます。当時は主に真継伸彦氏に関して高橋和己、小田実、柴田翔などと共同の同人誌『人間として』を通して読んでいた記憶があります。そして、親鸞・浄土真宗に対する深い洞察に関心を持っていました。『光る声』『親鸞』も読みましたが、今でも本箱に並べているの上記の3冊で、『鮫』を最初に読んだ時にはとても衝撃を受けました。

    以下は『樹下の仏陀』からの引用です。

     

     沙門よ、釈尊が体得された真理を別の方途で明かすなら、釈尊のこれまでのご生涯が、真理を歴然とあらわしているのである。見るがよい、釈尊の生は苦ではないか。そなたの生は苦ではないか。私たちは生きている限り闘いあい奪い合い、愛するものと別れ、憎む者に出会うのである。生は苦である。老病死はさらに苦である。釈尊は苦の生涯を生きて、やがてご自身の苦を、苦という言葉に、すなわち正しい認識にお集めになった。言葉を用いるとは認識の行為であり、認識とは経験を集める行為である。苦の経験は同時に、釈尊の心身に集まって病を生ぜしめた。釈尊は苦をほろぼさぬ限り、ご自身が悶死するに相違ないことをお悟りになった。

     釈尊はそれゆえに出家して欲界をでて、苦を滅ぼすための道を探し求められた。ついに見出して苦を滅ぼされた。それゆえに釈尊の体得された真理、すなわち正覚は、苦・集・滅・道の四語に要約されて後世に伝えられたのである。

     沙門よ、そなたが私の話を聞きながら幻影の中に見たように、そして私が自己自身において追認したように、釈尊が苦を滅ぼすためにおとりになった手段は、ひたすら内部に眼をそそぎ意を集中して、苦の縁って生起するところ、すなわち苦の縁起する場所をまず見極めことであった。しかしてその場所が空にして無常なる無明であることを見極められたとき、すでに苦は滅びていたのである。

     すなわち空なる無明によって、生きるという行為があるのである。生きるという行為によって、識別という行為があるのである。口や胃が、喰られるものと喰べられぬものとを識別するように。識別する行為によって、名称と形態があるのである。喰べられる乳があり、喰べられぬ石があっるように名称と形態によって、眼鼻耳舌身意(げんにびぜつしんい)なる六つの感受する能力があるのである。六つの感受能力によって、妄執があるのである。妄執によって執着があるのである。執着によって各固の生命があるのである。生命によって出生があるのである。出生によって老いと死、憂い、悲しみ、苦しみ、愁い、悩みが生じるのである。すべての苦はこのようにして生じる。それゆえ苦の根源は、何ら実体のない、それゆえに無常なる、みずから知らざる行為である。

     沙門よ、一切万有の行為は無明の行為であるゆえに、秘密であり、神秘である。見るがよい、そなたなる秘密を。釈尊は衆目の眼にあらわなる秘密を空と見極められたときに、空であるが故に秘密であると見極められたときに、苦を、執着を、無明を滅ぼして明知にいたられたのである。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 21:45 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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