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ドナルド・キーン著『明治天皇』

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    ドナルド・キーン著 角地幸男訳『明治天皇 1〜4巻』(新潮文庫 平成19年)

     

     今上天皇のビデオメッセージ「お気持ち」を聞いてから、保阪正康著「昭和天皇」を読んだ後に、「明治天皇」にも改めて関心をもち、ドナルド・キーン著新潮文庫版『明治天皇 全4巻』を読み直してみました。「明治天皇」の体調がすぐれずに崩御するまでの最終巻を読むと、やはり摂政よりは生前退位が天皇陛下御自身にとりましても、皇族方にとりましても、そしてもちろん国民にとっても最善の選択であるようにも思います。以下は、『明治天皇』からの引用です。

     

     明治45年7月15日、明治天皇は気分がすぐれないにも拘らず、枢密院の議事に臨御した。普通であれば天皇の挙止は厳粛かつ端正で、いったん席に着くと長時間にわたってほとんど微動だにしないのが常だった。しかしこの日、天皇は甚だしく姿勢を乱し、時に仮眠した。これに大臣、顧問官等は、ひどく衝撃を受けた。皇居に戻った後、天皇は侍臣に次のように語った。今日の会議は外交に関することでもあり、特に重要だったので努めて出席した。しかし疲労に堪えず、覚えず座睡3回に及んだ、と。

    この日から天皇は脈拍不整となり、特に結滞(脈動が欠落)があった。しかし気分が悪くても、なお天皇は出御した。しかしながら仮睡の周期は、さらに甚だしくなっていた。天皇は、極めて疲労困憊しているように見えた。

     7月17日、天皇は脈拍不整で時に結滞があり、肝臓は少し硬化し、膝下の脚部に疼痛があった。天皇の歩調は極めて緩慢であった。しかし、いつものように出御した。

     7月18日、天皇は食欲が減退し始めた。出御しようとさえせず、終日呆然と仮眠した。その夜、天皇は熟睡できなかった。天皇の苦痛は、異例の夏の暑気によって、さらに増進した。気温は連日32度を下がらず、19日には最高34.5度を示した。夕食でワインを2杯飲んだ後、天皇は目がかすむのを覚えた。椅子を離れた時だった。天皇はよろめき、床に倒れた。左右の者は大いに驚き、倒れた場所に仮床が設けられた。天皇は高熱を発し、昏睡状態になった。

     

     天皇の最期は、明治45年7月30日午前0時43分にやって来た。直接の原因は、心臓麻痺だった。天皇崩御の報告は宮内大臣、内閣総理大臣連署で発表された。午前1時、内大臣は剣璽、御璽、国璽を奉じて正殿に入った。剣璽渡御の儀式が行われ、新天皇は詔書を発し、自らの治世の年号が「大正」であることを宣言した。

     

     天皇が軍隊の演習に出かけたのは、自分の地位がそれを要求していると信じたからで、自分の存在が演習全体に及ぼす効果を天皇はよく承知していた。兵士たちは天皇が統監していることを知り、天皇の御前で恥をかきたくないとして最善を尽くすのだった。天皇は、自分が兵士たちを奮起させることができることを知っていた。しかもそれは雄弁に訴えてのことでもなければ、自分自身の重要性を主張してのことでもなかった。義務こそが、天皇を主たる関心事だった。天皇には栄光への望みもなければ、自分自身をどう評価するかについても一切関心がなかった。

     

     天皇を知る何人かの人々が書いているように、公に認め得る側面以外に明治天皇の顔というものはなかったのかもしれない。天皇は自分に対して厳しい人間で、めったに好き嫌いを見せることがなかった。暑さ、寒さ、疲労、空腹など普通の人間を悩ます類のことで天皇が不平を洩らしたことなど絶えてなかった。天皇は、ほとんど不自然なまでに何事に対しても平然としていた。

     およそ快適さというものに対する天皇の無関心は、天皇が受けた儒教教育のためとされてきた。しかしこの教育は、父天皇や一般の宮廷人達が受けたものと本質的には同じものだった。にも拘らず、自分に対する厳しさという点で天皇に似る者は誰一人としていなかった。明治天皇は怒りに身を任せることがめったになかったし、勝手気儘や無責任と思われる振る舞いに及んだこともなかった。明治天皇には何か内なる精神力といったものが備わっていたようで、そのため自らが作り出した行動に規範にあまり逸脱することなく従うことができたのだ。天皇は自分が辛いという事実を、自分自身に対してさえ認めようとしなかった。

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