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天皇陛下が「生前退位に関するお気持ち」を述べられました

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     平成28年8月8日(月)3時より約10分間にわたって、天皇陛下は「生前退位に関するお気持ち」をテレビで直接国民に語られました。象徴天皇として、その総てを国民にそして世界平和にと「無私のお心」で「公」に捧げられた天皇陛下が語られた「お気持ち」を国民として叶えて差し上げたいと思います。

     そうは言っても、一般人が高齢で引退して隠居生活に入るのとはまるで意味が違いますから、確かにそこには難しい問題があるのでしょう。少し前から「生前退位」に関して天皇陛下が直接お話をされると話題にもなっていましたから、我が本棚から幾冊かを読んでみました。

     

    山折哲雄著『死の民俗学 日本人の死生観と葬送儀礼』(岩波現代文庫)

    折口信夫全集全31巻『古代研究 第1・2・3巻』(中公文庫 昭和50年から)

    津田左右吉著『我が国民思想の研究 全8巻』(岩波文庫 1977年9月16日から)

     

    折口信夫全集第3巻には「大嘗祭の本義」という項目があり、津田左右吉著『わが国民思想の研究』でも皇室に対する興味深い話が書かれています。以下は、山折哲雄著『死の民俗学』の第3章「大嘗祭と王位継承」からの引用です。

     

     大嘗祭はかって生と死の間に揺曳するものの根本を映し出す、一種の総合儀礼であった。だが、精緻な執行手続きと幾層にも秘匿された意味の束が堆積され、大嘗祭の全体像がかなりあいまいなものになってしまったことも否むことができない。とはいえ、それが今日なお、この国の天皇制の深層を規定する重要は方向舵をなしていることには変わりない。

     旧「皇室典範」の第11条には、「即位ノ礼及大嘗祭ハ京都於テ之ヲ行フ」と規定されていた。事実、大正4年と昭和3年の両度に、即位式と大嘗祭を一括した「御大典」と称する行事が行われたのもその規定によったのである。しかしながら敗戦後、占領軍の指示によって作成された新しい「皇室典範」が「日本国憲法」とともに、昭和25年5月3日に施行されたとき旧「皇室典範」の規定は大きく変更を受けた。すなわちその第24条には「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う」とあるだけで、「大嘗祭」という文字が消され、祭場としての京都の文字も削除されたのである。新「皇室典範」は、皇位の継承においては即位既定のみで足れりと判断し、ほぼ千年の歴史を持つ大嘗祭にかかわる一切の伝承を無視し去ったのである。

     

     その大嘗祭はもと、毎年11月下旬に宮中で行われる新嘗祭に発するものであった。この新嘗祭には、その年に取れた新穀を天照大神に供えて、天皇が一緒に食べる。すなわち神人共食の儀をともなう収穫祭であったといっていいであろう。この収穫祭としての新嘗祭が、天皇の代替わりに行われるときにかぎり、とくに大嘗祭とよばれたのである。

     周知のように、天皇の代替わりのときに行われる大嘗祭は、皇位の万世一系性を保証し確認するための儀式でもあった。皇位の万世一系性はむろん国政上では即位礼によって正式に承認されるわけではあるが、しかし神話的には、それは大嘗祭儀による天皇再生の永続性という観念と不可欠に結びつけられて伝承されてきたことを忘れてはならない。この天皇系譜に関する永続性の観念は、たとえば記紀神話の天孫降臨の場面に象徴的に描かれているといえるであろう。そしてそのような神話的発想を根元に、外から加えられた政治的虚構の爪痕を指摘したのが津田左右吉であった。だがこれに対して、同じその神話に天皇霊の不変性に関する呪術・宗教的な根拠を見出そうとしたのが折口信夫であったことは興味深い。

     

     津田左右吉が展開した彼の天皇論の根幹を要約すると以下のようになるすなわちその第一は、日本の上代においては宗教的性格を持つような祖先崇拝の観念はなかった。つまり伊勢神宮の祭祀は太陽神崇拝が本来のものであり、それがあたかも皇室の祖先崇拝の根本であるかのごとくみなされたのは、後世の創作に過ぎない。そして第二に、日本の政治的君主に「カミ」の性質があるというのは、その「地位」についてのことであった、その地位にある君主が個人(人間)として「カミ」あるからなのではない。皇室の地位が永遠の存在であるのは、太陽が永遠であることの象徴としてみられたためであろう、というのである。

     

     折口信夫は昭和3年に発表した「大嘗祭の本義」のなかで、大嘗祭儀のうち鎮魂祭と天皇の死=再生の儀礼が織り込まれていることを論じた。折口がここで強調しているのは、天皇の肉体は一代ごとに変わっていくけれども、その肉体から肉体へと継承される「魂」は不変だということである。彼はその「魂」を永遠の「天皇霊」と同一視した。そして第二は、血統上ではもとよりそこに「皇位」の継承が考えられているが、しかし信仰上からは不変の魂(天皇霊)の継承のみが想定されているのだという。

     

     先帝の「死」を契機とする王位継承は、先帝の「譲位」を契機とする王位継承とはおのずから性格を異にしているに違いない。なぜなら、「死」を契機とする王位継承は、当然のことながら「死の処理(もしくは穢れの発生)」と「王権の再生(もしくは聖王の誕生)」の問題に緊急の対応が迫られることになるのに対して、「譲位」を契機とする王位継承にはそのような配慮が一切必要とされないからである。

     

    ■なぜこの「生前退位に関するお気持ち」の発表が、この日だったのかとても疑問に思っています。今はオリンピックの開催中であり、高校野球の開催中であり、ヒロシマ・ナガサキの原爆被災者への慰霊の期間であり、終戦記念日と大きな行事の真っ最中であります。マスコミ・報道機関の右往左往している中、国民にゆっくりと考えてもらいたいならば宮内庁や官邸はもっと時期をずらすべきではなかったかとおもいますが、やむを得ない事情でもあるのでしょうか。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 21:22 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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