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ロン・チャーナウ著『アレグザンダー・ハミルトン伝』その2

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    R・チャーナウ『アレグザンダー・ハミルトン伝』(日経BP社 2005年)

     

     国際NGO「国境なき記者団」は、2016年「報道に自由度ランキング」を発表しています。それによりますと、日本は対象180か国・地域のうち前年度よりも順位が11下がって72位とのこと。理由として、特定秘密保護法の施行から1年を経て「多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている」とし、特にメディアが自主規制に動くのは「とりわけ安倍政権」に対してとしています。もちろん評価の仕方は様々で異論のあるところでしょうが、確かに近年のメディア、特にテレビに対する安倍政権の反応は権力的に感じられます。しかしそれに反応して自主規制してしまうようではメディアは権利を放棄して、使命を果たしていないことになります。

     以下『アレグザンダー・ハミルトン伝』からの引用です。

     

     ハミルトンは、問題となっている原則、つまり自由な出版の保護をこう強調した。「思うに、出版の自由は、たとえ政府や行政官や個人の体面を傷つけるとしても、善い動機と正当な目的から真実を発表することにある」。ただし、たびたび出版物の毒舌の餌食になってきたハミルトンは、まったく拘束されない出版を容認したわけではなかった。「こうした罵詈雑言や中傷の精神は社会にとって有害であると思われる。いかに優れた人物であっても、誹謗中傷による攻撃を免れることはできない。水滴も長期にわたって次々に落ち続ければ、堅牢無比な石でさえうがつことができるだ」。ゆえに、報道においては真実性、公正さ、そして悪意の欠如が重要となる。

     

     ハミルトンは、反政府活動取締法には「きわめて唾棄すべき形容辞が冠せられている」けれども、、欠点を補う長所も一つあると指摘した。この法律は、名誉棄損の容疑者が陪審の前で真実性と意図とえお主張することを認めているという点だ。そしてハミルトンは、名誉棄損事件において意図を判断するには、アメリカの司法が専断不公平に逆戻りしないよう、行政機関が任命した判事ではなく、独立した陪審が必要だ、とも力説している。

     

     またハミルトンは、自由な出版だけが行政権の濫用に歯止めをかけることができる、とも主張している。ジェファーソン(大統領)に直接言及することはしなかったが、ハミルトンの弁論には大統領の影が時折ちらついた。たとえば、選挙で選ばれた役職者をありのまま報道することの必要性についてこう述べている。「偽善者が猫をかぶったまま、公の名誉ある舞台から舞台へと進んでいくことがいかにそしてよくあることか。そして、最後の望みをかなえた途端、それまでの姿から変わってしまう者がいかに多いことか」。そしてハミルトンはこう言い添えた。「人々の権利をもっとも熱烈に崇敬していたはずの人物が、最高権力者となった途端、人々の権利をもっとも酷く迫害するものとなった。したがって、かように高められた者の実際の行為を注視することが必要となる」。

     

     ハミルトンが懸念していたのは、ある党派が専制を強いることだ。「そうした企ての進行を監視することが、自由な出版の役目なのだ。早期に警戒を発し、われわれが権力による侵害に対して注意できるようにすること。これこそが何よりも重要な権利だ。われわれはこの権利を放棄するのではなく、この権利のために、むしろ血を流すことさえすべきなのだ」。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:30 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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