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梅原猛著『塔』

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     梅原猛著『塔』(集英社 1976年)

     梅原猛さんと言えば、法隆寺・聖徳太子の謎に迫る『隠された十字架』から始まる多数の古代史研究の著書の中で、著者独自の古代史観が展開されて注目を集めています。この『塔』もその一連の考察の成果でしょうがとても興味深いものです。
    『塔』のなかで語られている”塔”はスカイツリーとは関連するものはありませんが、その幾つかの引用された記述が面白いので紹介します。以下『塔』からの引用です。

     たしかに塔は一つの建築物である。けれどのこの建築物は、他の建築物と一つの点においておおいに異なっている。他のほとんどの建築物は、実用性という目的を持っている。けれどの塔の場合は事情が違うのである。それは、建築物として、実用的目的を持たない。
     たしかにヨーロッパにおける多くの塔は、あるいは鐘楼に、あるいは燈台に、あるいは展望台にすら利用された。しかし、このような実用的目的は塔の場合、二次的な意味を持つに過ぎない。先ず塔が作られ、たまたま、この塔が、鐘楼や、燈台や、展望台に利用されたにすぎない。マグダ・アレクサンダーは、その著『塔の思想』で次のようにっている。
     「塔の持つこれらすべての実用的機能は、たいていの場合、二次的な意味しか持っていないことはあきらかである。塔の発生、塔の芸術的性格、歴史的経過を、この実用的な機能と結びつけたり、まして、そのような説明の仕方をすることは困難である。慰安の鐘や、警鐘や、時計や、燈火が塔に生命を与え、歴史的発展をうながしたのではなくて、まず塔があって、その後に音や、叫びや、光や、歌の機能があらわれたのである。
    塔は有用なものであり、われわれにとって絶対不可欠なものだといってよいと思うが、実は単にそれだけにとどまるものではなくて、実用建築物以前のものであり、非現実的な、精神的目標を持つものである。」
     アレクサンダーが、この興味深い塔に関する研究書で、もっぱら研究の対象としたのは、西洋における塔であった。しかし、このアレキサンダーが主張する塔の非実用的性格は、東洋や、日本の塔にもあてはまる。
     

     アレキサンダーは、塔を建造する人間の意志を、一種の高所衝動として理解しようとしている。人間は、自己を表現しようとする激しい意志を持っている。自己の存在を誇示し、自己の存在を空中高く飛躍せしめんとする意志を、人間はその内面深く宿している。このような人間の高所への意志のあらわれとして、塔は建てられたと、アレキサンダーは考える。
    ヨーロッパの塔は、いつも、限りなく己を超えようとする高所への意志を表している。それゆえ、ここで塔は、一つの無限への進行である。ヨーロッパの教会における塔は、長い年月をかけつくられた。それは長年にわたって、高く、ますます高く建てられ、それが完成された時においても、なおかつその頂上は、より以上の高さへの可能性を内に秘めている。その完成は一時の終了にすぎず、機会さえあればより高く天に登らんとする意志を含んでいるのである。塔が塔であるかぎり、それは、いつも未完であるというのが、アレキサンダーの結論である。

    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 20:01 * comments(1) * trackbacks(0) * - -

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    WEB小説「北円堂の秘密」が今夏の隠れたベストセラーと知ってますか。グーグルで「北円堂の秘密」と検索するとヒットするので無料で読めます。世界遺産・古都奈良の興福寺・北円堂を知らずして日本の歴史は語れないと云われています。日本文化発祥地の鍵を握る小説なのでご一読をお薦めします。少し日本史レベルが高いので難しいでしょうが歴史好きの方に尋ねるなどすれば理解が進むでしょう。今秋、東博では「運慶展」が開催されるが、出陳品の無著・世親像を収蔵するのが興福寺・北円堂である。貴職におかれてもホットな話題を知っておくことは仕事に少なからず役立つでしょう。ネットで話題の小説ですが上質な作品なのでお友達にも紹介してあげれば喜んで貰えると思います。
    Comment by 大町阿礼 @ 2017/08/24 10:26 PM
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