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山岸外史『人間キリスト記』から

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    『人間キリスト記 〜或いは、神に欺かれた男〜』(木耳社 昭和54年)
    著 者:山岸外史

    イエス伝、キリスト伝は数限りなく出版されていますが、評論家の山岸外史が書いたイエスの内面・心情に迫る、奇妙な味のキリスト伝を紹介します。
    以下『人間キリスト伝』からの引用です。
    著者の若かりしころの自らの”やむにやまれぬ”心情を綴ったような、緊迫感があります。

    「私には、為さねばならぬことがある。なにかが、私を呼び寄せる。それは、神だ。
    私は、行かねばならぬ。私は、人の子として、考えねばならぬ。それは、私の運命だ。
    この不安を、誰が知ろう。私は、なにか為さねばならぬ高い使命を与えられて生まれた。」

    耶蘇(イエス)は、考える者、考えねばならぬ者、為さねばならぬ使命を与えられている者の不幸を、つくずくかこった。
    けれども耶蘇の心は、未だに、自信と確信とを持つことが出来なかった。
    平凡な市井児として、世を終え得るものであったら、どんなに、自分は、幸福であろうとかと考えた。栄華に暮す。それも悪いことではない。余りに結構なことである。
    自分以外に、誰か、この道を辿ってくれる者はいないのか。
    自分は、もう、疲れ果てている無能な肉体を持っているではないか。
    けれども考えた。
    「お前は、まだ、青年である。前途には、為すべき仕事が、山のようにある。何を疑うのか。何を苦しむのか。
    お前は、お前の野心を愛でるべきである。それは、すでに野心ではない。お前は、神の囁きを確かに聴いた。それは、風の音ではなかった筈である。
    お前は、自らに、一つの使命を感じたではないか。
    お前は、本能を信じてよい。それは与えられたものだ。
    お前は、それを、使命という言葉で呼んだではないか。それに満足した。
    お前は、選ばれた男だと知った。この与えられている悲劇を、お前は、自分に諦めているではないか。
    お前は、あらゆる人間の苦悩を考え抜き、その苦悩を、身に受ける宿命を持って生まれた。
    安心するがよい。その苦悩を、神の贈り物とし、安心して喰んでいくがよい。
    お前の肉体には、果てしない咀嚼力がある。また、お前の心には、為さねば已み難い情熱がある。愛がある。お前の幸福を考えるな。真理を考えるがよい。」
    耶蘇は、それを、悲惨なことだと、自分に考えたが、何か、敬虔な気持ちにもなった。
    「行こう。行かねばならぬ。」と考えた。
    「自分は、運命から選ばれた男である。」
    「何回、それを疑ったことか。」
    耶蘇は、砂山の陰に咲いている小さな花を摘んだ。雑草のなかから抜いたのである。淡い緑の透明な細い茎を持っていた。
    「この小さな花も立派に生きている。」
    その花びらを一つ二つと数えた。自分の指先の動くのをなんという優しい自分か、と考えた。
    なんという無意味かと考えた。なんという儚さかと考えた。
    「行こう。行かねばならぬ。」と考えた。
    shr-horiuchi * こんな本を読みました * 22:44 * comments(1) * trackbacks(0) * - -

    コメント

    法華経寺住職・神宮司龍峰です。
    若い日に
    山岸外史先生に
    教えを受けた者です。
    ありがとうございます。
    涙が出ます。
    ありがとうございます。
    梅ヶ丘の山岸外史先生を思い出しました。
    Comment by 神宮司龍峰 @ 2018/06/12 11:32 PM
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